自分の「好き」を推すこと
いつも神事やお祓いでお世話になっている
塩山成田山 新省寺の管主さんのブログを読んで、
なるほどなぁと思うことがありました。
※管主さんのブログはこちら
→ https://ameblo.jp/enzannaritasan/entry-12958681131.html
書かれていたのは、いわゆる「困ったときの神頼み」の話。
困ったときだけ神仏にお願いをして、良くなったらそのまま忘れてしまう。
ふと、これって源泉舘にも似てるとこがあるかもなぁと思ったんです。
(話は違うんですが、このブログ書くきっかけになったのでリンク貼らせてもらいました)
もちろん、怪我をしたときなどに思い出して来ていただけるのはとてもありがたいことです。
良くなった経験があるから、温泉のチカラを信じているから、来ていただけるのだとうれしくもあります。
でも、もし「困ったときだけ」だったら、、、
次同じように困ったとき、本当に必要なときに、その場所がもうなくなっているかもしれない。
当舘に限らず、だれにでもどこにでも起こりうることだと思います。
以前、ある起業家さんの配信で聞いた話を思い出しました。
ずっと行きたいと思っていたカフェがあったけれど、
コロナが落ち着いてやっと行けると思ったときにはすでに閉店していたそうです。
これも「推し活」の一種かもしれないという話で。
いちばんの推しって結局は「自分」で、自分の好きなものを守る行動が「推し活」。
推し活は“いま”しないと好きなサービスはなくなります。
コロナ禍のときって本当にいろんな業界が大変でした。
そんな中でも、それぞれが工夫して、どうにか続けていこうと踏ん張っていたと思います。
うちもそういう大変な中でも来てくださったお客さまのことは、やっぱりよく覚えています。
応援してもらっているんだなと感じる瞬間は、本当に力になります。
怪我をしたときに思い出して来ていただくのももちろん嬉しいですが、
不調なところがなくても、何でもないときにも来ていただける。実はとてもありがたいことなんです。
療養でなくても、保養・休養が目的。
いや、はっきりとした目的なんてなくていいのかもしれません。
毎月来てくださるお客さまに本当に感謝ですね。
源泉舘じゃなくたっていいんですよ。
自分が好きだなと思う場所や、大切にしたいもの。
それを応援することは、結局は自分の未来を守ることにもつながるのかもしれません。
わたしもけっこういろいろと推し活してるのでわかります笑
全部自分のためです!!!!(断言 笑)
でもその「自分のため」が「推しのため」になってるのなら、うれしくないですか?ウレシー
源泉舘もそんなふうに、誰かに推してもらえる場所であり続けられるように。
「また行きたいな」と思っていただけるように、これからもコツコツ頑張っていきたいと思います。